google.com, pub-9160001738840823, DIRECT, f08c47fec0942fa0 うつぺでぃあ! 2013年08月
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マッキー

Author:マッキー
鬱病歴約20年の
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最近は容姿・言動とも
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試合に勝って、勝負に負けて

2013-08-31

国内的には大勝のように思われていた日露戦争は、実際は辛勝という他なかった。
継戦能力を失っていたのは日本も同様だったのである。
というより、ロシア本土を無傷のまま残していたロシア側はともかく、
海を隔てた場所で軍を展開した日本にとっては補給の問題もあり、日本のほうがより深刻だったとさえ言える。

ロシア側は「国外での小さな戦闘に負けただけであり、ロシアは負けていない」という姿勢を崩さず、
全権大使ウィッテはまるで戦勝国の代表のように振舞っていたという。
このときウィッテはロシア皇帝から「僅かな土地、僅かな金も日本に渡すな」と命令されていたらしい。

しかし日本にはどうしてもここで講和を結んでおかねばならない理由があった。
すでに日本はこの戦争に約180万の将兵を動員し、死傷者は約20万人、戦費は約20億円に達していた。
満州軍総参謀長の児玉源太郎は、1年間の戦争継続を想定した場合、さらに25万人の兵と15億円の戦費を要するとして、続行は不可能と結論づけていた。
特に下級将校が勇敢に進撃して戦死した結果、その補充は容易でなかった。
一方のロシアは、海軍は失ったもののシベリア鉄道を利用して陸軍を増強することが可能であり、新たに増援部隊が加わって、帝国陸軍を圧倒する兵力を集めつつあった。
国力の差が表面化してしまっていたのである。

日本からも仲介を頼まれたアメリカは、ロシアの顔も立てつつ講和を結ぶために、
ロシアの出した最低条件で講和を結ぶよう日本に打診した。
結局、ロシアは前回の記事における土地の譲渡と満州・朝鮮からの撤兵のみ、というロシア側有利にも見える条件で講和に応じた。
日本は賠償金を全く得られなかったのである。
このため国内では戦時増税による耐乏生活を強いられた国民によって日比谷焼打事件など暴動が起きている。

国民は「勝った」という事実しか知らされておらず、国の事情を全く知らなかった。
これは「恥」を恐れる国民性ゆえなのか、後の世まで真実を知らないことがどれだけ恐ろしいかを引きずっていくことになる。
今の世になって冷静に史料を通して見ると、日本にもう継戦能力がないことを公にすれば、
ロシアの戦争継続側が息を吹き返して再び満州に押し寄せる可能性があったことが判る。
政府は実際のところを国民に知らせることができなかったと見るべきだろう。
しかし「金が欲しくて戦争したわけではない」という政府の意向と賠償金の放棄は、
外国メディアには「平和を望むゆえの英断」と美談として報道された事実もあることを書き添えておく。
だが日本国内で暴動が相次いだことで、何だかおかしいぞ、という不信感を諸外国に想起させてしまったことも事実である。

このポーツマス条約以降、日本はようやく世界での発言権を僅かに得て、やがて各国と条約を結び「一等国」入りを果たすことになっていくのだが、
この頃既に欧米列強と呼ばれる国々の目には、極東の島国日本がにわかに脅威と映り始めていたのである。

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